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2014年12月 2日 (火)

『FURY』憤怒、というタイトルがすべての答。

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 久々に新作映画を拝見しました。『FURY(フューリー)』。オールドファンには78年ブライアン・デ・パルマの作品が思い出されますが、今回は新進気鋭のデビッド・エアー監督による戦争映画。
 とにかく、とにかく驚きました。こんな見事で緻密な演出方法はみたことがありません。

 ものすごいアクションの中に、深い深い含みが籠められた作品なんですが、お話そのものはあまりにシンプルなので、今回はネタバレせずに見どころを解説するのがなかなか難しい。
 でも、いつものように見どころのお話をさせていただきますね。
  

 
 予告編でまず思い出したのはヴォルフガング・ペーターゼン監督の『Uボート』。男たちが潜水艦という密室に閉じ込もり、恐ろしい水圧の恐怖に晒され常に死を背中に感じながら必死に戦う傑作でした。
 今回この作品の舞台となるのは戦車。潜水艦よりはるかに小さく狭苦しく、息の詰まる小さな空間。しかもそこにブラッド・ピット演じる指揮官のコリアー軍曹以下、五人の男たちがそこを鉄の砦として息を潜めるように籠もっている。

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 冒頭、真っ白な霧の中に頓挫している戦車の黒い影。とあるエピソードの後、室内照明があるのかないのか、薄暗い戦車の中で身体をよじったままでひとりの兵士が弾倉の空箱に小便をする。
 別段気にするでもなく、ひとりは煙草をふかす。ひとりは狭い中で肩口を蹴飛ばされて悪態をつき、そのために罵られている。誰もが薄汚れ、油と汗に汚れ、身も心も疲れきっている───それが日常であることがそれだけで分かる。

 そんな極限環境の中から物語が始まります。

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「5人ひと組の戦車搭乗員の一人が戦死し欠員を埋めるため、軍に入ってまだ八ヶ月という18歳の若者が配属されてきた。タイピストの経験しかない彼は、四人の古参兵たちの中に放り込まれ無我夢中のままでいきなりの実戦また実戦。そんな中で彼が体験し身につけてゆくものとは…」

 あらすじで書けばこれだけのお話なのです。
 しかしそれをもとに大胆かつ緻密に描かれてゆくのは、徹底したリアリズムに裏書きされた生々しく酷たらしい戦場の光景。時は1945年4月のベルリン郊外、もうすぐヒトラーは自殺し、ほどなくドイツが降伏する数ヶ月前。
 彼らは4年前の世界大戦の開戦当時から『フューリー』と名付けられた戦車のチームとして数々の作戦に加わり、各地を転戦しながらも奇跡的に生き延びてきた数少ない戦車兵でした。
 たしかに戦車は対人兵器としては強力ですが、けして無敵ではなく、ドイツ軍の誇る強力な火器の前では無力に等しく、ひとたまりもなく破壊されてしまうんですね。

 描写はどこまでもどこまでもリアルです。そして冷静。

 現実では、拳銃の弾丸が当たればその口径や威力に比例した負傷をします。邦画やいにしえのハリウッド製の戦争映画のように、撃たれて「うわあ、やられたー!」と大の字に倒れたり、またそれを「しっかりしろ!」と抱き起こして断末魔をゆっくり看取ってやるヒマなどありません。
 まして弾丸そのものが大人の親指より大きな機関銃、機関砲の弾丸が命中すれば、人間の肉体などこっぱみじんに飛び散り、五体すら満足に残りません。
 この作品は容赦なく、でもアクション映画にありがちなウケ狙いの誇張───ズームやカットインもせずに、ドキュメンタリーのように淡々と現実に則して描いていきます。

 戦場を知らない我々現代の日本人が知ることのできる戦場の映像で一番それに近いのは、中東で今も続けられている戦闘で民間人や兵士が銃弾や爆弾であっけなく倒れる、あるいは消し飛ぶ光景を撮影した現地配信の動画レポートでしょう。

 思わず言葉を失う残酷極まりない光景は、かつて第二次大戦の戦中戦後を通じて無数に作られたヒロイックな戦争映画などよりも、80年代後半に公開された『プラトーン』『ハンバーガーヒル』のようにベトナム戦争をシニカルに描いた作品に近いかも知れません。
 まして近年、中東の戦争から戻った元兵士たちにしてみれば、70年前も今も、戦争の本質がなにひとつ変わっていないことを思い知るのでしょう。

 たった一発の銃弾でさっきまで生きていた人間が一瞬で100kg弱の肉塊に変わるのが戦場であり、人が人を殺すとはこういう事なのだと、これでもかこれでもかと畳み込んできます。

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 息詰まる戦車対戦車の攻防戦、迫力満点の戦車同士の一騎打ちが売りになっている映画ではありますが、それすらも手に汗握る興奮よりも、彼ら同様に死の恐怖を錯覚してしまうと言っても過言ではありません。
 そんな戦いの行き着く先に、傍観者───観客であるあなたはどんな感情を抱くか。
 嫌悪か、哀しみか、タイトルの通りの『憤(いきどお)り』か。しかし幾多の感情を覚えたとして、一体それを誰にぶつければいいのか。この作品は、爆音と轟音が降り注ぐ全編を通じ、むしろ画面の向こうからジッとこちらを見つめるように、その事を冷たく静かに観客に問いかけてくるのです。

 そんなにもシビアな映像表現でありながら、主人公たち5人の過去はほとんど語られません。
 唯一、古参の四人が想い出話を語り合う場面はむしろ意味不明な寓話のようで、新兵のノーマン同様、とまどうばかり。
 もともとアクションを楽しむ作品ではありません。でもこれはたしかに人間ドラマなのです。しかしこれほどまでに脚本の、物語としての贅肉、いや筋肉さえも容赦なくそぎ落とした戦争物はお目に掛かったことがありません。
 こうした作品にありがちな、いわゆる『友情』『信頼』『協力』『勇気』といったお座なりなキイワード展開を嘲笑うが如く、かたくなにそれらをひた隠しに隠したままで物語は終盤へと向かうのです。

 劇中、配属された新兵に対して最初に「誰とも親しくなるな」と言い放った戦車長の言葉のままに。

 とにかくこの監督の演出手腕には驚嘆しました。そこまでそぎ落とした脚本なのに、ちょっとした仕草やほんの言葉の端々にごくわずかに垣間見える“生活感”だけで、間接的に彼らもまた血の通った人間であることを観客の記憶に刻んでゆくのです。
 わずかに、捕虜となったドイツ兵が自分の家族の写真を見せて命乞いをするシーンがあるのみ。

 生い立ちや過去を描くことで現在の主人公たちのキャラクターを浮き彫りにする手法は数々ありますが、こうしてあえて語らないことで逆に一瞬しか登場しない味方兵士はもちろん、国を棄てて逃げ行く市民、敵のドイツ軍兵士もすべて彼らと“同じ程度”にしか“知らない”、すなわち逆に言えば『同じ程度に知っている』人物に仕立ててしまったのです。

 それどころか画面中で死んでゆく彼我の兵士にも、とっくに死んで泥の中にゴミのように埋まっている死骸にも人生があり家族が居たはずという、当たり前の事を思い起こさせるのです。

 ちょうちん広告的な宣伝コピーは大嫌いですが、アカデミー賞候補というのはあながち大袈裟ではないと感じました。おそらくは作品賞か監督賞。

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 かつてスピルバーグの『プライベート・ライアン』は、ノルマンディ上陸シーンこそ物議を醸すほどにリアルでしたが、後半は昔ながらのヒロイックシナリオによる英雄譚になってしまいました。しかし、この作品は最後までそうしたアメリカ映画特有の甘さ、ユルさを徹底して排除しています。

 これは申し上げてもよろしいでしょう。

 ラストカットであなたは十字架を目にします。これをどんな意味、メッセージと受け取るかは人それぞれだと思いますが、私はこのシーンにこそタイトルである『FURY』つまり憤り、憤怒の意味を観たように感じました。

 主演は制作にも携わっている、ブラッド・ピット。今作で50歳、かつて『リバーランズ・スルーイット』の美少年、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の美しき吸血鬼も円熟の年齢になりました。
 私は彼の演じる感情むき出しの泣きの演技が好きなんですが、今作の彼は重厚にして寡黙な中、終始心で血の涙を流し続けているように思えてならない、見ていてあまりにも痛々しい役柄でした。

Shaia

 とりわけ私は彼の相棒のような印象の射撃手を演じたシャイア・ラブーフに驚きました。まだ28歳ですし、インディジョーンズの息子役にトランスフォーマーシリーズで見せたような若者らしさがこの作品ではウソのように鳴りを潜め、演じている役柄そのままに“古参の兵士”になりきっています。
 上のスチル写真では年齢相応に見えるのですが、彼の過去作をご存じなければ劇中で40歳くらいに見られても不思議ではないでしょう。
 Wikiの情報に拠りますと、今作のために歯を抜いた、ともありました。どこの歯かは分かりませんが、奥歯を抜くことであごや頬の線が削げたようになりますから、あるいはそうなのかもしれません。いにしえのマレーネ・ディートリッヒ、『楢山節考』での坂本スミ子さんがそうでしたね。

 この映画の目玉である戦車や、搭乗員たちのコスチューム、当時の戦場の再現などなど、その道のマニアでもそうそうはケチの付けようがないと思えるほどの懲りようが見物なのはもちろんですが、それだけ凝ったことによって、登場人物を取り巻く空気感までもが変わってくるのだと云う事を黒澤映画以来、体感できたことも確かです。

Tiger1

 作品の良し悪しとはまったく関係ありませんが、ワタクシ個人の好奇心からは、砲弾の装填や発射、カラ薬莢の排出とその後始末などがどんなふうに行われるのか、そして操縦の具合など、もう少し画面から分かるカットが見たかったな、と思いました。はい、これはこの解説の蛇足です。

 蛇足ついでにつけ加えますと、銃撃戦には『跳弾(ちょうだん)』がツキモノです。いわゆる“流れ弾”ですが、要するに的を外れた弾丸が壁や地面などに跳ね返って予期せぬ被害をもたらせるものです。
 敵味方が入り乱れて撃ち合うような場面では、敵はもちろん味方、場合によっては自分が撃った弾がハネて自分や味方を傷つける事も普通にありうるために、いちいち描こうとすると話が複雑になりかねないので、脚本上必要でなければ描かれません。

 しかしこの作品では撃った弾丸や砲弾が地面などに跳ね返る光景もしっかり描写されています。
 銃弾には曳光弾(えいこうだん)といいましてね、自分たちがどこへ向けて撃ってるのかを確認するために、光を放ちながら飛ぶ弾丸が5発に1発ほど入ってるんですね。いい加減なアクション映画だと光りっぱなしかまったく光らないんですが、そうしたタイミングもちゃんと再現されている。
 そのおかげで私のように余計なことまで気を廻す人ならば「あの跳ね返り逸れた弾丸はどこへ飛んで行ってるのか」などと“深読み”できてしまうのです。
 
 では、また、お逢いしましょうね。

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コメント

たいへんお久しぶりです。お元気でしたでしょうか?

私も最近鑑賞したのでコメントさせてください。
戦争映画はもともと好きなのですが
この作品には本当に「圧倒」されました。
いやはやリアルでしたね。劇場で観て大正解でした。
戦争の是非を問うとか反戦思想とか,後でじわじわ来ないこともないんですが
とにかく,理屈抜きで「戦場を体験」させてもらったという気持ちです。
潜水艦ものも好きなのですが,戦車ものも閉塞感や緊迫感がただものではないですね。
シャイア・ラブーフは好きな役者さんですが,彼のこれまでの作品の中でもこの役はダントツ光っていたと感じました。

投稿: なな | 2015年2月11日 (水) 23:00

ヽ(´∀`*)ノ うわー、ななさん、ほんまにご無沙汰ですねえ!
残念ながらアカデミー賞にはかすりもせんかったようですが、ワタシ的にはご覧のような大絶賛でした。
欲をいえば、戦車の中での位置関係がイマイチ分からなかった事、もう少し戦車の操作感が見たかったなあ、って気がするのは思いのほか戦車って構造とか知られてない(私もよく知らない)からなんですがね。

ね、シャイア・ラブーフ、エエ感じで成長してますよね。今後が楽しみな若手の一人ですね。
またなんぞ記事書いたときにはよろしうに。

投稿: よろ川長TOM | 2015年2月12日 (木) 10:19

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