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2013年3月15日 (金)

『十二人の怒れる男』異様なほどの共有感にあなたは13人目の陪審員となる。

12angrymen00 原題も同じ『12 ANGRY MEN』。なんともいかめしい、時代めいたタイトル、どこか小むつかしそうな雰囲気、白黒映画、そして40代以下では見た事も聞いた事もない俳優ばかり。
 それだけでスルーされてしまうくらいに、古くなった1957年のアメリカ作品です。

 今更ながら名作中の名作で、三谷幸喜氏もオマージュ作を作ったほど大好きらしいので、タイトルくらいはご存じの方も多いでしょう。
 事実、脚本のしっかりした映画がお好きな方ほど、一度ご覧になれば夢中になって、どっぷり浸ってしまえるのがこの作品なんですね。

 年に数回のペースでNHK-BSの映画劇場で放映される作品なんですが、先の理由と、たいてい昼間の放映という事もあり、やはりスルーされてる事が多いようで。
 でもBSの受信料を払っておられるなら、観たことないのはもったいない。なのでこの機にご紹介させてくださいね。ええ、もちろん魅力と見どころのツボばっかりをご紹介。

 お話的にはネタバレなしですからご安心くださいね…。
 

 とはいえ、あらすじだけはご説明しておかないと解説にもなりません。

 舞台は大きな街の裁判所。スラム街で不良息子に父親がナイフで刺されて殺された、という事件の公判が終わり、集められた十二人の陪審員が評決を出す為に審議室にやってくるところから話が始まる。

 時は夏の初め。日本で言うところの梅雨のような天候で、暑苦しくどんよりとした重い空気の中で互いに全く知らない年配の男たちが、今聴いてきたばかりの犯人の少年の公判内容から、検察側から提示された彼の罪を有罪か無罪か決める、というもの。
 証拠も証人も揃っていて、そのままいけば全員一致で有罪確定は疑い無しのイージーなケースだったのを、ヘンリー・フォンダ演じる男が「ちょっと待って、ヒト一人の生命がかかってるんです。とにかく話し合いましょう」と止めたところから、このお話は別のドラマをつむぎ始めます。

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 この作品の最大の特徴であり魅力は、ほぼ九割が密室で進められる対話劇という所。
 証言内容は勿論の事、裁判の様子を描くシーンは皆無で、すべて彼ら十二人の台詞のやりとりからのみで、それと知れてゆくという趣向なのです。

 そのやりとりの中で事件の真相だけでなく、陪審員として集められた互いに名も知らぬ十二人の男たちの横顔───普段の生活が、生い立ちが少しずつ見え隠れしてゆきます。
 そしてついには素顔が露呈する。まるで遺跡を発掘してるかのような、一見何の変哲もない土くれの中から、ひとりひとりの人間というものを浮き彫りにして行くプロセスが脚本系の映画好きにはたまらない醍醐味になっています。

 もともとが舞台劇を映画にしたもの。

 ミュージカルをはじめとして、この頃の映画はそういう作品が多いのですが、たいていは舞台装置ではできないスケール感を求めて、開放感のあるもの、実際の風景や建物をお話に取り入れた構成や演出でこしらえてゆくんですが、この『十二人の怒れる男』はその真逆で、舞台装置としては審議室とそれに隣接してるとおぼしきトイレのみ。

 私がこの作品を初めて観たのは小学生の頃、やはり日曜洋画劇場でした。
 もちろん子供にとっては内容が難しいので、単にタイトルと画面の雰囲気だけを擦り込んだに過ぎません。
 どんよりした重たい空気感の中、おっさんたちが話し合ってる。怒ってるおっさん、わめいてるおっさん、静かに語るおっさん。その程度しか分からないけど、光景だけが記憶に鮮明に残った。

 で、多感な時期を迎えた頃にまた放送があった。そうしたら昔擦り込まれた記憶がまるで小説の目次のように活きてくるんですね。───さあ、また、もう少しだけ映画が解り始めた私は観た。観た。なんだ、なんだろう、この作品は。

 不思議な不思議な体験です。

 当時は吹き替えが当たり前でしたから、言葉はすんなりと頭に入ってきます。彼らは陪審員ですが、あくまで法律に関してはシロウトの人たちですから、小難しい法律用語などは使いません。
 だから同じような庶民のレベルでなら理解できる内容です。そのオトナたちの会話から、裁判の内容がおぼろに見えてくる。そうか、そういうお話だったのか。なんて深いのか。なんて面白いのか!

 やがて私自身が大人になって、映画そのものを鑑賞できるようになると、もうこの作品は金色の輝きを放つものになりましたね。
 あらためてノーカットでちゃんと観ると、自分が持っていた記憶がことごとく間違っていた事が分かってきます。
 その第一は、ずっと観たつもりになっていた犯行現場のシーンは、実は画像としてはまったく描かれてなかった事。
 これは衝撃です。ただし、証言台に引き出された折りの不安げな少年の目を見た記憶は間違ってなかった。

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 でも、同じく見たはずだと思っていた、彼が父親を刺した後に逃げたとされたアパートの鋼鉄製の裏階段はなかった。そこをかすめるように走る電車の姿もなかった。
 だけど「少しだけ見栄を張りたかったのでしょう」とのちにヘンリー・フォンダがその証人の様子に説明を加える、“近所の老人”の姿も見た憶えたがあるのです。

 こんなばかな。でも、大人になった私が見たのは、字幕版のノーカット。そう、BSが始まった頃の衛星映画劇場だったのですが、それほどこの作品でのリアルで巧みな台詞のやりとりは、映されもいない“裁判の様子”“犯行現場の再現”を脳裏に描いていたのですね。

 最近になって、これは同時に、陪審員である彼らの脳内の様子でもあるのだ、という事に気付きました。
 そう。彼らも裁判に同席してはいても、聴いたものは証言だけ、見たものは所詮は被告と証人の様子、証拠品のナイフのみ。しかも映画ではそのシーンすらないんですね。
 あとは公判の中で、弁護士と検察官が述べた事を聞いて彼らが脳内に描いた共通の“幻”。

 だけど、この共有感がものすごい。

 物語にハマリ込めばハマるほどに、あなたは十二人の男たちと、いや、この作品を観た全ての人と同じ印象を脳内に共有するのです。
 イメージ、ではなく印象、とあえて日本語で表現したのは、ひとつの画像を見て共有したビジュアルとしての記憶ではなく、ちょうど、同じ題の挿絵のない小説を読んだ複数の人のそれに近いからです。

 事件の現場や証人たちの体験を映像で観客にも見せてしまえば、説明は楽になります。しかしその反面、彼ら陪審員が見誤った部分を一部の観客は気づき、見破るかも知れない。───いわば“ゆらぎ”による思考の振り幅が入る余裕はなくなりますね。そうなると、いわばビデオ判定を前にして審判の誤審があったかどうかを語るのに似たナンセンスさがあります。

 しいて言えば、これは黒澤明の『羅生門』の真逆の手法でもある。
 あちらは三人三様の証言をそれぞれそれに基づいて映像にしていましたからね。ただし、あちらもどれが真実かは分からない。

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 先ほど、この作品は舞台劇の映画化作品だと申しました。
 でも密室劇なので、屋外ロケーションならではの迫力や存在感は問題外。───では、映画化したことによる作品的なメリットはなんだったんでしょう?

 ずばり、表情───顔、なんですね。

 顔、男たちの顔。タイトル通りの怒りは勿論の事、疑い、あせり、悲しみ、あなどり、憐れみ、哀しみ、さげすみ、いたわり…そして手の表情、ときに上半身、全身。それらがすべて表現する、芝居本来の醍醐味を余すところなく大写しで観客に見せることができたのは、この作品が映画だから。

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 長丁場の話し合いで疲れ切った男たち。すぐ終わらせて野球を観に行くつもりがキャンセルせざるを得なくて不満たらたらの男、面倒だからと結果など有罪無罪どうでもイイ、と考えてる男もいます。
 たまたま一緒に審議する事になったけど、普段なら絶対こんな人と一緒にいたくない、と思えるタイプのおっさんも数通りも用意されてたり。

 参考までに、十二人の俳優たちを列挙しておきましょう。

ヘンリー・フォンダ Henry Fonda 陪審員8番
リー・J・コッブ Lee J. Cobb 陪審員3番
エド・ベグリー Ed Begley 陪審員10番
マーティン・バルサム Martin Balsam 陪審員1番
E・G・マーシャル E.G. Marshall 陪審員4番
ジャック・クラグマン Jack Klugman 陪審員5番
ジョン・フィードラー John Fiedler 陪審員2番
ジョージ・ヴォスコヴェック George Voskovec 陪審員11番
ロバート・ウェッバー Robert Webber 陪審員12番
エドワード・ビンズ Edward Binns 陪審員6番
ジョセフ・スィーニー Joseph Sweeney 陪審員9番
ジャック・ウォーデン Jack Warden 陪審員7番

 主役でこの映画のプロデュースにも名を連ねているヘンリー・フォンダ以外のこれらの俳優たちはみな、準主役級か、大切な役柄を任せられるバイプレーヤーとして映画にテレビにと、色々な名作にヒョコッと顔を出す人たちばかりです。

 さらにすぐれた演出により、画面からは雨が降る前の初夏の蒸し暑さ、男たちの煙草の染みた汗臭さまでも伝わってきます。
 余計なB.G.M.もほとんどなし。それによって、息詰まる審議室の空気感は否が応でも見ている観客さえもすっぽりと包み込んで、いつしかひとつの空間を造り上げてゆくのです。

 唯一のロケ部分は、裁判所の入り口の石段と大きく高い石柱くらい。しかも、その光景の演出効果と来たら、白黒映画なのに色を感じるほどなので、その登場シーンを堪能する為にも一分一秒たりとも目を放してはいけま───いえ、そんな注意をうながす必要はないですね。
 あなたは絶対最後までまんじりともせずに画面に釘付けになるはずですから。

 しかし実を言えば、吹き替え版でこそじっくりと観ていただきたいところです。理由は、字幕を追っているとどうしてもそうした繊細な演出、演技の妙を見落としがちになるからです。

 え、あなた、英語ぺらぺらだから字幕も要らないんですか!まあ、にくたらしい。


 もう、Myベスト10に入る、大好きな大好きな作品なので、とっくに記事にしてたものだと思い込んでいました。…いや、実際してたはずなんですが、最初のブログが運営会社の都合で消滅、そのあと移動したところもあいついで消滅したもので、どうやら引越の際に失われてしまったようです。
 でもおかげで、今回あらためて書き起こした事で赤文字にした事に気付けましたね。
 今度観たら、だいたい30回目くらいでしょうか。でも、きっとまた発見があるような気がします。字幕版でもね。

 1957年(日本公開1959年)のアメリカ珠玉の映画です。

 では、また、お逢いしましょうね。

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