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2011年2月 4日 (金)

『野のユリ』庶民より俗っぽい尼さんと黒い天使の話。

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 はい、みなさんこんばんわ。
 またまた古い作品のご紹介です。レンタルでは見かけませんが、そのかわりセルDVDもあるようですし、BSでは年に一度くらい放送されるのでぜひお話しとかなあかんなあ、と思てた作品です。

 さてお話は。

 ワゴンって言うんですかね、どこからやってきたのか、アメ車独特の大きな平べったい車が砂埃を上げながら走ってる。そして『Lilies of the Field(野のユリ)』のタイトル、キャストのテロップ。B.G.M.には、この作品の主題曲『エイメン』のインストロメンタルがハーモニカで奏でられます…

 

 どことなく牧歌的な雰囲気の中、オーバーヒートした車のラジエーターに水を補給するため、たまたま見つけた荒れ地の掘っ立て小屋に立ち寄る主人公。これがシドニー・ポワチエ演じる、ホーマー・スミスという逞しい青年。
 そこに居たのは、ちょっと変な雰囲気の尼さんが5人。
 アナタにピッタリの仕事がある、と言ってドイツ訛りの片言の英語で彼を足止めしたのが年長でリーダーらしきおばあちゃん、マザー・マリア。

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 懐具合が淋しくなってきたホーマー、ちょっとアルバイトする気になった。
 ところがこれがウンの尽き?ひと仕事終えてありつけた食事は信じられないほど質素。
 こらあかん、さっさと仕事を済ませてギャラを受け取って去ろうと思ったのに、何かと言えばマザー・マリアはギャラの支払いを先送りに誤魔化すわ、やたら上から目線の居丈高な態度でさらにこき使おうとするわ。

 なんとマリアさん、荒れ地に教会を建てるのが目的で、しかもホーマーが天の配剤で遣わされた働き手だと信じて疑わない。いつのまにか建築資材はうちらで天に祈ってナントカするから、実労働はあんたがやるのよ、という流れになってゆく。
 あくまでホーマーはビジネスとして請け負ってるんですが、お人好しのホーマーはマザー・マリアのあまりのぼくとつさが憎めず、なんとなくこき使われる日々。

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 このギャラを巡っての折衝の時にマリアさんが聖書から引き合いに出してくるのがタイトルの「野のユリは働かず糸も紡がないがソロモン王よりも立派やろ」みたいな言葉。

 このあまりのド厚かましさにとうとうホーマーはギャラも諦めてしまうんですね。

 この当時の東独…つまり東ドイツ、今の若い方は教科書の数行でしかご存じないかも知れませんが、戦後ずっとドイツは共産主義の東と、資本主義の西に分けられてたのね。
 この尼さんたちはその東ドイツから亡命してきたらしい。亡命いうてもただの尼さんですから、文字通り着の身着のままでアリゾナくんだりまで1万数千キロをどないかしてやってきた。たぶん寄付というかお布施とかヒッチハイクでやってきたんでしょうね。だからおカネなんか最初からないんですね。
 さあ、昼はたったひとりでコツコツと教会建築にいそしむホーマー、夜は尼さんたちに英語を教える日々。
 とはいえさすがに質素な食事で肉体労働はキツイ。
 やむなく村にある建設会社で働いて自分の食い扶持を稼ぐはめに。まさにボランティア。

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 そんな風に、はじめはイヤイヤだったホーマー、居丈高だったマザー・マリアですが、それぞれ徐々に変化して行く心の動きが実に面白い。小さな表情、ちょっとした仕草に込められた気持ちがしっかり伝わってきます。
 それを評価した当時のアカデミー賞選考委員会って、今よりずっと観る目があったんですねえ。

 日曜日。ミサに行くため尼さんたちに命じられて村の教会まで運転手にされたホーマーが立ち寄ったのがたぶん村でただ一軒のレストランなんですけど、そこのメキシコ系移民の店主を演じてるのがスタンリー・アダムス。
 まあドテッと腹の出た、なんとも人の良さそうなキャラクター、実にエエ味醸し出してるおっさんやなあ、思てたら、やっぱりこのお話で重要な役柄をになってます。

 しかしハテ、アッ?どっかで観た事あるぞ、と思た。いや、生粋のSFファンなら絶対そう思われるはずなのです。
 もしかしたら、と本国版でググってウィキってみたら、テレビ『宇宙大作戦』その中でも1・2を争う人気の回、『新種クアド・トリティケール』で珍獣トリブルを売ってた宇宙商人シラノ・ジョーンズを演じてたおっちゃんやったんですな。

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『新種クアド・トリティケール』てどんな話やねん、と仰る方はマルの中で毛玉に埋もれてるカーク船長を見たら思い出されるのではないでしょうか。
 実は『ティファニーで朝食を』にも出演されてるらしいんですが、ハテなんの役だったのか、あいにくそっちは記憶に御座いませぬ。

 ところでこのレストランもどきに現れたホーマー、質素な食事できつい肉体労働を強いられてきた彼がおっちゃんにどんどん食べたいモノを注文する時のポワチエの演技が秀逸。とんでもない分量なんですが、これまでの彼を知ってる観客にしてみれば、彼とシンクロしておもわず生唾を呑み込む事でしょう。

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 閑話休題。

 ミサの後、聖歌を歌ってた尼さんたちにつられて黒人霊歌を披露するホーマー。その時に登場するのが名曲『エイメン』なんですね。
 このシーンをご覧になったらピンと来るのが『天使にラブソングを』。まさに『野のユリ』がヒントになったんでしょうね。

 しかしこの作品、意外に底意地が悪い脚本だったりするのです。

 実は神職者で人格者であるべき修道女たちこそが一番、文句タレで人間くさい。
 特にリリア・スカラ演じるマザー・マリアなどは威張りんぼだわ、意地っ張りだわ、身勝手だわ、ワガママで癇癪持ちだわ…とむしろロクでもない憎たらしい憎たらしい婆さんなんですね。
 むしろ若くて通りすがりのホーマーの方がずっと我慢強く、広い心で修道女たちの面倒さえも見ていくホトケさんみたいな人だったりする。

 要するに、冒頭でマザーマリアが神に感謝しつつ呟くように、ホーマーは天から遣わされた者、つまり“天使”という比喩なのかも知れません。
 私のように宗教に興味のない者にしたら、マザー・マリアの信仰と“神様”に対する依存心は異様にさえ見えるんですが、そもそもキリスト教定番のお祈り「願わくば日々の糧を与えたまえ」てのはつまり「できたら毎日メシ食わせろ」というニュアンスなんだそう。

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 その理屈からすると、そんな祈りの代表者みたいな神職者の意識としては、人の恩も自然のお恵みも、なんでもかんでも“神様のお蔭”になるのかもしれません。
 ふと、市川崑監督の『ビルマの竪琴』でビルマの托鉢僧に農民が平伏しながら食べ物を寄付するシーンで、坊さんが素知らぬ顔をして立ち去るのを見た小林稔次演じる兵隊が「ビルマの坊さんって威張ってるんだなあ」と言った台詞を思い出しました。

 そんなスタンスなので、マリアさんはホーマーにどんだけ世話になっても絶対お礼を言わない。ねぎらいもしない。もちろん心の底ではちょこっとは感謝してるらしき事がだんだん見えてくるんですけどね、あまりにちょこっとの感謝なので見逃さないように。

 そして聖書の比喩らしきエピソードも。

 町のみんなが手伝ってくれるようになった頃、ちょっと拗ねた彼がストライキするんですね。
 その結果、教会の建築現場は村のメキシコ人たちのスペイン語と、尼さんたちのドイツ語と片言の英語が入り乱れて皆目通じず大混乱……って、これ、あのバベルの塔倒壊後のお話を彷彿とさせませんか?

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 そして爽やかで感動的なラストシーンも、たぶん聖書をイメージさせるものだと思うのです。もしかして聖書を暗唱できるほどの方なら、ああ、あれはナントカ伝のナントカ書の引用よ、なんて答えが涙声で返ってくるのかも。

 物語を通じて、大きな事件もショッキングで重いテーマもない、ほ〜のぼのとした、ヒューマンドラマ。この作品を出来損ないのファンタジーだとこき下ろした人も居たようですが、私は純然たるヒューマンドラマ、というか実に日本人好みの人情劇だと思うのですよ。
 そしてこの作品、1964年度のアカデミー主演男優賞を獲ってるんですよ。まさにその主演、ホーマー役のシドニー・ポワチエがね。
『手錠のままの脱獄』『招かれざる客』『夜の大捜査線』などなど、オールドファンには忘れてはならない名優で、2011年現在もご存命です。
 同時に、黒人のスター、性格俳優といえばこの人。まさに第一人者ですね。
 というのもね、当時のハリウッドで、黒人で、それも主演を張れる…というか張らせてもらえなかったのね。今と違ってね。


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 もちろん私でも公開当時のアメリカの生の社会的な事情などは文書や映画でしか知りようがないんですが、チャップリンらの活躍した頃30年代のサイレント映画や、第二次大戦前後の40〜50年代あたりでのキング牧師の話とか、同時代のレイ・チャールズらが若い頃のアメリカ音楽事情などを鑑みますと、ハリウッド映画での黒人さんの出番なんて、よくて農夫、でなければ悪役、労働者や開拓時代の奴隷とかそんなのばっかり。
 そういう時代背景のなか、スクリーンでは1955年の『暴力教室』で一躍スターダムに上ったのがシドニー・ポワチエやったんです。どれだけ異例の事だったか想像に難くありません。
 舞台デビューは戦後まもなくの1945年と言いますから、すでに役者として10年のキャリアがあった。で、この『野のユリ』の時はすでに20年。36歳にして大ベテランだったんですね。

 しかし半世紀経った今でも人種差別は存在しますから、当時なんか実際の舞台裏ではもっと信じられないほど辛いことの連続であろうことは想像できますよね。しかも彼の場合、スクリーンでは真面目で誠実な青年…つまり白人にとって“エエ子ちゃん”ばかりを演じて行くもんで、同じ黒人からも裏切り者扱いされたのだとか。

 そんな時代、ベトナム戦争が始まる前の年、1963年の作品です。

 最初から最後まで耳に残り、心に染みる名曲『エイメン』始め、ハーモニカベースの叙情的な音楽を担当したのはのちの巨匠ジェリー・ゴールドスミス。この後『猿の惑星』『パピヨン』『スタートレック劇場版シリーズ』など、信じられないくらいたくさんの映画音楽を手がけて2004年に75歳でこの世を去られてますが、なんとこういう映画の音楽も手がけてたんですねえ。

 ということで、わずか100分足らずのアッサリ系作品ですが、それだけにのちのちまで心に残る作品ですよ。
 それでは、また。

 
 では、また、お逢いしましょうね。

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