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2010年3月23日 (火)

『椿三十郎』黒澤・三船版:これこそが痛快娯楽映画!必見の大傑作!!

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 はい、みなさんこんばんわ。

 おかげさまでこの映画ブログ『よろ川長TOMのオススメ座CINEMA』も移籍前から数えて、この2010年3月に5年目に突入しました。ちょっとバタついてまして、落ち着いて映画を楽しめてないんで新作映画の記事がありませんが、またボチボチ増やしてゆきますんでこれからもお見捨てなきよう。
 この記事は2007年3月の記事を改稿したものです。実は今日、3月23日は黒澤明監督の誕生日で、2010年は生誕百年だそう。というわけで、私も便乗…いえ、記念ということで。

 さて『椿三十郎』、この映画は筆者が1歳、1962年の公開ですが、モノクロであることを除けば古さを感じるどころか、これほど随所に光り輝くものを持った作品にはなかなかお目にかかれません。
 それなのになぜか今年2007年末に公開予定で森田芳光監督・織田裕二主演で45年ぶりのリメイク作として制作が進められている本作ですが、どんなリメイクになるかとか何ゆえのリメイクなのかとかはこの際うっちゃっておいて、黒澤オリジナル版はとにかく面白い、とにかく最初から最後まで飽きさせない娯楽時代劇の大傑作として、特にご覧になったことのない若い方々にご紹介したいと思います。

 あら!あなたはご覧になったことがあるんですね!嬉しいな、そうですか、それなら再録としてもお楽しみくださいね。
 ありがたいことに旧作扱いなので、レンタルなら尚更たいへん安くご覧になれるのもありがたいですね。
 

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 ある夜、朽ちかけた社殿に集まって、なにやら深刻な表情で相談事をしている九人の若侍たち。(写真下段、左から三船敏郎、土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛)

 会話の内容をかいつまめば、家中(かちゅう)の汚職や不正を暴きたいが、思い切って相談した城代家老はどうにも頼りない、その点大目付は話が分かるシッカリした人だから彼をかつぎあげて盟主とし、共に藩内の悪政を正そうと話が決まったという、いわばクーデター計画の事前報告会のようなもの。
 ところがそこへ大あくびと共に社殿奥の暗闇から現れたのは、着古してテカテカな着物姿をしたヒゲ面の牢人。若侍たちのあまりの世間知らずで軽率な言動にたまりかねてお節介を焼きに起き出してきたのだった。
 彼いわく、お前たちは何も解ってない、その大目付こそ怪しいという。果たせるかな、牢人の言うとおり、大目付の指示で若侍たちを捕らえるために大勢の侍たちが武器を手に社殿へ群がってくるところだった…


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 さて、この牢人こそが三船敏郎演じる主人公・椿三十郎なわけですが、物語の半分あたりまでまったく名乗らない名無しのゴンベエで話を進めてゆくんですね。しかも、名乗るきっかけも、このあと彼が助けることになる家老の奥方と娘に尋ねられ、仕方なく庭に咲く一面の椿の花を見てテキトーに応えたもの。
 つまり、彼にとっては牢人である境遇はもちろん、自分の名前さえもたいした意味を持っていないんだ、というのが態度で伝わってきます。
 かたや、彼以外の登場人物はすべて、藩という狭い世界の中で派閥だのお家の名前だののために生命を懸けてキュウキュウとしている。

 ここらあたりの対比が面白く、いかにも黒澤明作品ならではの人生観を見せてくれています。ただ、お話とは関係ないですが「椿…三十郎。もうそろそろ四十郎ですが」と応えた彼、今観ても五十近くに見えるんですね。昭和37年、1962年当時の一人前の男は、今と違って10歳は老けて見えるほど貫禄あるオトナだったということでしょう。
 現代では若く見られるのは美徳のように言われますが、この作品ではまさに若さは愚かさ。果たしてどうなのかな、って考えてしまいます。

 実は本作の前にあったのがブルース・ウィリス主演『ラストマン・スタンディング』としてリメイクされた、これまた大傑作『用心棒』で、これが興行的にも大成功したんですね。で、続くこの作品は実は企画段階では全然異なった、いわば黒澤明没後に有志で制作された『雨あがる』の主人公よりももっとのほほんとした人物が主人公のまったり空気感なお話だったんだそうです。
 その主役は、『椿三十郎』で善良で生真面目ゆえにヘンな苦労をするサラリーマン侍の役を演じた小林桂樹がする予定だったとか。

 しかし映画会社側はあくまで『用心棒』の続編を望んだ。
 やむなく監督は『用心棒』をひきついだ形に全面的に脚本を変えて作ったものの、劇中では“続編ですよ”とはひと言も言ってないんですね。念のため説明すれば、『用心棒』の主人公は桑畑三十郎と名乗りましたし、この記事のトップに貼った当時のポスターにも「ご存じ三十郎」なんて書かれています。

 ただし、用心棒の時の舞台となるのはふた組のやくざが支配する宿場町で、空気感としてはまさにのちに『用心棒』のタイトルを引き継ぐ形になったマカロニ・ウエスタンそのまんまなんですが、この時の三十郎は妙に活き活きしている。

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 しかし『椿三十郎』は武家のお家騒動が舞台なのでずいぶん雰囲気が違って、三十郎はなんだか劇中ずっと窮屈で居心地悪そうにしている。  そんな裏事情からうがった見方をすれば、椿三十郎の奔放な生き方はスタッフの憧れで、居心地悪そうな様子はやりたいことがやれない彼らの象徴であり、四角四面なしきたりに縛られながらも、その長いものには巻かれろ的に運命を受け入れながら生きてゆく侍たちはまさに会社の命令には逆らえないサラリーマンたちの生き様そのものとして皮肉ったのかも知れませんね。

 ただし、やるからには徹底して懲りまくるのが黒澤明が世界のクロサワたるゆえん。空の雲の流れ方ひとつが気に入らないために何日も待ったというくらいは序の口なのですが、そういった裏話はレンタルorセルDVDにスタッフや俳優を交えてのインタビューに詳しくあるのでそちらをご覧下さい。

 次に、この作品を観ていて感じるビジュアル面の特徴。

 私も全部観ているわけではありませんが、黒澤作品の特徴のひとつには空間の広がりというか、壮大なスケール感と共に舞台の空間的広がりが挙げられると思うのです。『隠し砦の三悪人』『七人の侍』『デルス・ウザーラ』『影武者』『乱』…『どですかでん』ですら、狭い土地に対して広い空や、妙にだだっ広い空き地のようなシーンが登場します。
 ところが、この『椿三十郎』では、あえて何もかもがせせこましく作られ、意識的にその狭苦しさを見せているフシがあります。その理由が、この作品の大切なキイワードである『隣り合わせ』の妙味を活かす為なのです。

 このキイワードの秘密を教えてくれたのは我が親友の倉田氏ですが、まさにこの作品をたったひとことで言い当てた名解説なのです。
 まず若侍たちと三十郎との出逢いからして廃屋社殿の広間と奥の間という隣り合わせ、そして敵の本拠地と自分たちの隠れ家も隣り合わせ、そして三十郎が見せる奇策も扉一枚へだてた隣り合わせで行われたり…その後もいろいろな形でこの『隣り合わせ』というシチュエーションを使って物語が進んでゆきますが、それをここで書いてしまっては面白さが半減してしまいますので、ご覧になったことのある方だけ「うんうん、なるほど、その通り!」と感心していただければ結構です。

 黒澤作品の妙味のもう一つは、いろいろなものの対比による互いのコントラストの見事なこと。

 くだんの九人の頼りない若侍、写るときにはたいてい横一列に全員が写るけったいなアングルが多いのですが、画面のレイアウトデザイン的には、全員がズラッと写っていると光景は実にウルサイしうっとおしいんですよね。
 でも、これもわざとなんですね。人というのは妙なもので、整列する必要もないのに意味もなく並んでいると実にアホっぽく見える。しかも、ビシッと立っているならまだしも、しまりなくユラユラと立ってるから加えて頼りナサゲさ倍増になるし、対して椿三十郎はキビキビと動いているか、逆にゆったりと寝そべっていたりする。
 モノクロだから色の計算も数倍緻密で、若侍たちは総じて柄の着物なので、遠目にはみなグレーというか、ぼやけた柄にしか見えない。そこへ三十郎は真っ黒に近い着物、ヒゲ面、月代(さかやき)伸び放題だから黒づくめに見え、ぐんと画面の前に浮き出してくる。このコントラストがまた、巧い。
 せせこましいセット内での撮影が多いせいもあって、アングルも実にいろいろと工夫されているのも楽しい。

 世間の裏表を見尽くしてきて文字通り“切れる”三十郎と、世間知らずのオッチョコチョイで数と熱血漢だけの若侍たちのアホ加減。まるで子分を引き連れたガキ大将のようで時に微笑ましくもあります。
 またマイペースでずる賢いくせに人の良い三十郎と、大目付の右腕でいずれはと出世の野望を秘めている悪党の筈なのに妙に律儀な室戸半兵衛───若き日の仲代達也が演じてますが───のくそ真面目さの対比も面白い。


 こうした黒澤作品は、観ているとどれもが実に凝ったつくりでありながらも、ド迫力のスピーディな展開で冒頭からグイグイ観客を引っ張ってゆきます。
 がしかし、あまり勢いが良すぎる映画は、わ~っという間に終わってしまって、面白かったけど結局見終わった後に何も残らなかった…なんてことはありませんか?ところが黒澤作品にはちゃんとこれにブレーキがついている。
 いろいろ考える時間をくれるんですね。あるいは、息抜きの。
 椿三十郎では、筆頭家老のおっとりした奥方と娘がその役目を担っていて、なんともいえないスローモーな空気感で暴走しがちな勢いをうまく押さえて観客をホッとさせ、時にはそののんきさ故に観客をハラハラさせてくれる仕掛けになっています。
 話中での城代の奥方のセリフ「抜き身の刀みたいにぎらぎらした」ようなクロサワ時代活劇映画ならではの真剣勝負の緊張感を要所要所で緩和するようにふっと差し込まれたユーモアのセンスもいいんですね。
 それも、笑わせようと制作側が作為的に作ったエピソードというより、どれもが役者やスタッフが撮影に一所懸命に頑張った上で偶然生れたNGキワキワの笑いを編集で捉えて入れた面白さだからでしょう。


 さらに大目付にくみする悪家老たちの、悪党なくせに小心さ故の間抜けな言動も妙に可笑しいんですが、ある意味三バカトリオ的な描き方をしていても話が安っぽく軽くならないのは、当時の生活や風俗文化のディテールをしっかり描いた上で、見せ場である斬り合いが今時のナアナア式チャンバラではなく、刃物と刃物の戦闘による殺し合いとしてリアルに徹して描かれた土台の上に作られているからにほかなりません。
 つまり、三バカトリオだろうと二枚目悪役だろうと、死ぬことが綺麗事でも気楽なことでもないからこそ必死になるんです。

 そして、あくまでも侍は“人を斬って殺す”のが本業で、どんなに御託を並べようとも人殺しに過ぎないいう事実も踏まえているんですね。
 その事実が突きつける現実の物凄さは、この映画のラスト付近にすべてを集約するかのように用意され、まさにこの映画がまぎれもなく黒澤作品である、というサインでもあるでしょう。

 と同時に、我々現代人や一般の平和ボケした人のように、侍(または兵士、軍人)の表面的なことしか観ていなくて、侍のなんたるかを理解できていないくせに侍たろうとする9バカ侍を、互いの生命をマトに数知れず人を斬り殺してきた三十郎がどなりつけるシーンが何度もあるんですが、そうした摂理が解らない者はそれでも永久に解らないままなのかも知れないな、とも思える、いわば説得を諦めて突き放した形のラストシーンでもあります。

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写真上段、左から仲代達也、志村喬、藤原釜足、清水将夫。写真下段左が伊藤雄之助

 さて三船敏郎といえば、かつては外国で日本の俳優を尋ねれば返ってくる答えはトシロー・ミフネと言われたほど世界的な俳優。
 迫力の殺陣、腰の据わった動き、ぴんと伸びた背筋、凜とした姿勢はまさに侍そのもので、彫りが深く背も高かったために、『レッド・サン』でアラン・ドロン、チャールズ・ブロンソンら一流外国人俳優と共演してもなんら遜色がないのも見ていて安心でしたね。
 『椿三十郎』を観ているとそれほど感じませんが、実は主演の三船敏郎をはじめ、仲代達也、加山雄三、田中邦衛………と、みなとにかく背が高いんです。監督の黒澤明もデカい人だったので、さぞや現場はカサが高かったことでしょう。じっさい、室内のシーンを観ていると、侍たちが立ち上がるたびに武家屋敷なのに狭い狭い。天井まで低く見えるからなおさらです。

 そして三十郎をして「てめぇらのやるこったぁ、危なくて見ちゃいられねぇや」と言わせた頼りなくてあまりオリコーとは言えない9人の若侍ですが、加山雄三、田中邦衛の“若大将&青大将”コンビに加えて黒澤映画というより日本特撮映画に欠かせない土屋嘉男、平田昭彦、久保明などいずれも今では押しも押されもしないベテラン俳優たちの若き日が見られます。

 また、途中で加わるどこか呑気で生真面目な侍に小林桂樹、悪党側はこれまた黒澤映画では忘れてはならない志村喬(しむらたかし)、藤原釜足(ふじわらかまたり)が登場し、最後の最後に登場する城代家老睦田を伊藤雄之助。
 若い方はご存じないかも知れませんが、伊藤雄之助といえばスケベオヤジの役を演じればそりゃもう、天下一品だったのですよ。
 それはそうと、この陸田の役をリメイク版では藤田まことが演じるのだそうです。
 旧作での陸田の役柄や藤田まことの若い頃のあだ名などをご存じの方なら思わずポン、と膝を打ってハハハと笑われることでしょう。

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 最後に、北野武───というよりも俳優・ビートたけしのクセであり、タレントの松村邦広も北野武のモノマネする時やってる、ときおり右肩をぐりぐりっと回すあれ。
 最初に見たときから気になってるんですが、この椿三十郎と、その登場編(作中ではあえて関係をうたってないけど、イメージ的には繋がっている)とも言える『用心棒』で三船敏郎が主人公のクセとしてやってるんですね。関係があるのでしょうかねえ。で、織田裕二もやっぱりそれをやるのかしら。
 どなたか真相をご存じならコメントでご教授下さい。


 文中敬称略
 *イメージ画面は本編から拝借いたしました。

 
 では、また、お逢いしましょうね。

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コメント

TOMさん、TB、感謝であります!!

>『雨あがる』の主人公よりももっとのほほんとした人物が主人公のまったり空気感なお話だったんだそうです。

椿三十郎の元ネタである山本周五郎の「日日平安」の主人公が、これまたとってもノホホンとした人物なんです。
最初の考想では、原作寄りな設定なんですね。

>その後もいろいろな形でこの『隣り合わせ』というシチュエーションを使って物語が進んでゆきます

なるほど、確かに仰る通りです。
カゴメは屋内のせまっ苦しさが、三十郎の居心地の悪さを表象しているのには気が付きましたが、「隣り合わせ」には思い及ばなかったです。

>関係があるのでしょうかねえ。で、織田裕二もやっぱりそれをやるのかしら。

言い知れぬ倦怠感とか憤りとか、逆に諦観とか、色んな意味合いを篭めたジェスチャーなんでしょうね。
織田裕二はああいう性格なんで(苦笑)、素直に真似はしないような気がします。
自分らしさを出そうとして高転びにコケそうですねぇぇ(笑)。

投稿: カゴメ | 2007年4月 1日 (日) 13:06

カゴメさん、押しかけトラバにもかかわらず、トラバ返しにコメントまでいただいてありがとうございました!
黒澤監督による『日々平安』観てみたかったですよねえ。いい空気感だったでしょうに、どうせなら『雨上がる』みたいに、そういう企画倒れの未完成作品こそ若手(もうそれほど若くないけど)の有望監督に作って欲しかったんですが。

カゴメさんがご自身の記事に『完璧っ。言うこと無し。』書かれておられるように、そんな作品をどうこねくりまわしたところで無意味だとおもうんですよね。
いっそSFかミュージカル仕立てにする位にぶち壊せば、また味わい方もあるかしら…
ああ、なんてオソロシイ。

投稿: よろ川長TOM | 2007年4月 1日 (日) 13:46

こんばんわ!
織田三十郎、その癖、やらなかったと思う、、、
気をつけてみていなかった、、、
このオリジナル、もちろんTV画面でしか見たことないけど、画面の端から端まで使っていて、すっごくワイドさが感じられたんだケド、映画館で見たリメイクは、そう言うの、感じなかった。
せせこましさ、かも知れないケド、9人が横一列に並んでも、両端がはみ出ているのよね。そう言うアングルは、リメイクにはなかった。だから、
画面の「せせこましさ」も迫力のうち?かな?

投稿: 猫姫少佐現品限り | 2007年12月21日 (金) 02:22

織田君は三船版を観てないんですってね。まあそこまでやったら個性も何もないですもんねえ。(モノマネでもないですが)
黒澤監督って、セットものよりアウトドア派ですよね。その彼がほとんどインドアでこしらえてるところがこの作品の面白さのひとつだと思っています。

『七人の侍』でもそうですが、とにかくまず物語の舞台というか、すべての背景が繋がったエリア単位での設定ありきで物語ができてゆくようですね。だからどこをどう、どっちの方角へどれくらい移動すればどこに行き着くかという地図ができている。
画面には登場しない『寺の山門』が観客の脳裏に浮かぶのもそうした緻密な場面設定のたまものかと。

宮崎 駿監督もそうでしたね。カリオストロ公国もまるで観光マップなみの設定書が描かれてましたし。

投稿: よろ川長TOM | 2007年12月21日 (金) 09:55

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