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2007年12月31日 (月)

『武士の一分』サラリーマンでもプライドはある。

bushinoichibun.jpg はい、みなさんお久しぶりです。
 『武士の一分』やっと今日テレビで観ました。ありがたし。

 昔は一週間のうち、『◯◯映画劇場』と銘打った映画番組が何本もあって、それこそ黙っていてもいろいろなジャンルの映画を観まくったものでした。
 まあ、今ではレンタルDVD(ビデオでないところも時代の流れですねえ)がその代わりを務めているのでしょう。CMも入りませんし、基本的にノーカットですからそのほうが良いのかも知れません。

 ただ、思いもしない作品、実は観るつもりはゼンゼンなかったのに、たま~たま観たらすごく感動したとかハマってしまう作品だったという出逢いはなかなかレンタルではありませんから、やはりこうしたテレビ映画劇場はこれからも存続していって欲しいものです。
───そんなわけで。この『武士の一分』は私にとってソッチに属する───観たらなかなかよかった作品でした。
 


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 キムタクは嫌いじゃないんですが、彼は個性が強すぎるのか、誰を演じても“キムタクが演じている◯◯”、になってしまうのですね。それで知人の間でも彼の評判はすこぶるよくない。

 とはいうものの、作品自体は好きです。藤沢周平の原作らしい、よくできた話ですね。

 淡々とした毎日に真面目にこなしている仕事中の思わぬ事故で、のちのちの生活さえ脅かされるほど重い障害を負うハメになる主人公。上から命じられたこととはいえ、生命の危険さえも伴った仕事の結果だけに労災の有無、または出たとしてもその内容如何では生活苦による一家心中もありえる。
 また手のひらを返したように邪魔者扱いする親戚、心配はしてくれても自身の身が大切だし、何よりも力不足でなぐさめしか言えない同僚、さらには弱みにつけ込んで権力を笠に着て悪事を働く上役………

 形としてはそのまま現代に当てはめてもけして飛びすぎていないわけで、というかむしろよくある話。弱みにつけ込むのが上司とは限らないだけで、サラ金だの詐欺だの、悪のタネはいくらでもある。
 むしろ現代と違うとすれば、主人公が一念発起して悪らつな上司に決闘を挑むところ。今ならむしろ復讐を果たすべき方がなぜか法律にしばられ、罪人をみすみす野放しにしてしまったりする奇妙な逆転現象が起こっていますが…

 それはともかく。
 果たし合いに辛うじて勝ちを収め、あとは敵にトドメを刺すばかりとなるものの、ふと自分の復讐に一抹の虚しさを覚えた主人公はカタキをそのままにしてあとはなりゆきに任せますが、このカタキが主人公と名目的には同じ“武士の一分”でのちの道を選ぶところが皮肉な結末になっていておもしろい。
 かたや“汚名を濯ぐ”または“傷つけられたプライドの代償”、かたやかつて主人公も陥りかけた“存在意義への自己解決”。じつはこの二人のほかに、小林稔次演ずる老齢の目付役の責任の取り方という三者三様の『武士の一分』の立て方が対比されたつくりになっている。

 原作は読んでいないので、あのエピローグが原作にあったものか不明ですが、小鳥を逃がすところで終わった方が作品としてはタイトルをよく表現できていたように思います。

 ゑ?その終わり方ではむごいですか?でも、そういうものでしょう、人生って。

 そういった侍の、侍ならではの意地あっての虚しさ、辛さを描いた作品は藤沢周平や司馬遼太郎の両先生作品にはむしろよくあるテーマなのに、最近ではそれを描いた映像作品はすごく少ないんですよね。
 昔は『武士道残酷物語』なんて作品もあったくらい、侍は…というか、ヒラの侍はキビシい。安い俸給で死ぬまでこき使われ、たとえ無能でも阿呆でも狂っていても上司には逆らえず、生活のためやむなく内職などをやろうものなら何を言われるか判らない。
 ようするに、生命のやりとりこそないものの、環境的にはサラリーマンと同じなんですね。だから今よりも時代的にウンとキビシかった、でもがんばらねばならない…って高度成長期の昭和30年~50年ごろまではそういったリアルな武士の生活を描いた作品もたまに作られたようです。
 ただ、バブルがはじけた後は“真面目にやっとられんわ”的な風潮が出てきたために娯楽系でしかも夢を追いかける壮大な物語が好まれて、結果的には戦国史のヒーロー的人物が主に描かれるようになります。

 そんな中でも、藤沢・司馬両先生の作品は黒澤監督が好んだ山本周五郎先生と並んでヒラ武士の生き様や当時の庶民たちを主人公に物語を綴っておられる。
 同じ庶民を描いても、池波正太郎先生は粋な江戸が舞台ということもあり貧乏でもどこか華やかなのに対して、藤沢先生の描く庶民はしょぼくれていて貧乏でも本当に食うや食わずだったりするんですね。
 そんな生活でも、徳川政権下の儒教教育はモラルを強要し、なかでもこの『武士とは何か』を徹底的に叩き込んだようです。───もっとも、都会である江戸と、綺麗事では通用しない商業都市大坂、公家と町家の京ではむしろ有名無実で、地方へ行くほど深く根付いたことは幕末の会津や東北諸藩の動きを見ているとお分かりでしょう。薩摩はちょっと違います。アレは日本のスパルタですから。

 で、現代に至って消滅したようでも武士というキーワードのもと、侍気質に対する憧れは消えていませんね。
 思うに、新撰組が時代を超えて人気がある理由のひとつが彼らの『武士の意地』へのこだわりであり、のちの西南戦争における西郷隆盛らの散り様なども結局はここに起因するのではないかと。
 ただ、戦争とか団体戦の斬り合いがあるアクション系の作品になると、今の日本の時代劇の作り方からするとどうしても「やー、とー、うあーやられたー」式のチャンチャン・チャンバラになってしまい、そうなると生命のやりとりの重さが伝わらなくなりがちなんですね。
 それにやはり格好良さみたいなのも加わってヒロイズム・ナルシズムが生まれてしまうし。

 だからこそ、こういった侍個人個人の生き様をこつこつと描けている作品の方が良質で内容の濃い時代劇に仕上がっている場合が多いのでしょう。主人公ひとりが闘うだけの物語なら、斬り合いが大ざっぱでは話が保ちませんからね。

 そういう意味でも山田洋二の三部作と見ると、やはり最初の『たそがれ清兵衛』が一番よかった。
 下級武士の生活の重さ、苦しさ、そしてそんな条件でしか雇われていないのにいざとなると生活も生命も棄てて上司の言いなりにならないといけなかった“侍”の虚しさがもっとも如実に描けていた。
 なんといっても岸恵子さん登場のラストで語られる主人公たちの後日談がたまらない。空しい。虚しい。それでも生きてゆく、生きてきた。
『蝉時雨』はどうも純愛物語ふうになってしまって、なにゆえに愛する二人が引き裂かれなければならなかったか、真面目一本の父が死なねばならず、しかもそのあと自分たち家族が処せられた低い処遇、また危険な目に飛び込んでいって初めて家禄を復活させてもらうなど、とにかく主人公の人生の理不尽さがイマイチ浮き彫りになってないように思えます。こちらに関してはNHK版の方が良作。

 『武士の一分』というテーマで言えば、実はここに超オススメシネマとして書きたい作品があるのですが、傑作時代劇でありながらDVD販売はもちろん、かつてはあったらしいセルビデオも今はなぜか廃盤。また発売される可能性も極薄な上に、どうやらネット時代になる前に廃盤になったようで、画像すらご紹介できないのです。
 タイトルは『仇討(1964年東映)』。これこそまさに武士の一分の立て合いのために、あたら生命を無惨に散らしてゆくという物語です。昔何度かテレビで観たんですが、BSとかでやって欲しいなあ。若い映画人にはぜひとも観ていただきたい。いま、こんな作品は他にないもの。
 同じ頃の仲代達也主演の『切腹(1962年松竹)』はDVDもあるのに、なんでかしら。そちらも同じく武士の一分がテーマ。

 いずれもまだまだ戦後の厳しさの残った昭和30年代の、甘っちょろくない時代劇の傑作です。
 『仇討』はただいま手配中。いずれオススメ記事を出させていただきますね。

 追記…それにしても。
 命をかけて守りたい愛がある…なんぢゃこのコピーは。そんな映画ぢゃないでしょう、コレ。譲らない心、譲れない愛。…って、映画観てから書いてないでしょう?< 配給会社のひと。

 
 では、また、お逢いしましょうね。

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