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2005年8月 6日 (土)

『ビルマの竪琴』失われる命と弔う心。

Burmeseharp1
 
 はい、みなさんこんばんわ。
 今回は上映や放映とは関係ありませんが、ひとつの名作をご紹介しましょうね。
 筆者はもうこの作品を10回以上は観たでしょうか。今回、ブログの移転を機に記事も少々手を加えたいと思います。

 1945年…昭和20年に太平洋戦争が終わってすでに60年を越えました。この映画が作られたのでさえ、すでに25年も経つのです。
 毎年、12月8日には開戦を、8月15日には終戦を記念してさまざまなセレモニーや特別番組が催されてはいますが、これらを儀式やはるかな過去の記録として見るのではなく、あらためてその時代・その時に生きた人々と心を共有することで様々なことを考えてみたいものです。映画も同じことですね。
 


 お話は太平洋戦争末期の1945年…終戦まであとひと月の、昭和20年7月にはじまります。
 タイトルの通り舞台はビルマ。現在のはミャンマーです。

 すでに日本本土はB29の絨毯(じゅうたん)爆撃で大都市のほとんどが壊滅し、6月にはすでに沖縄が焦土と化し、敗色濃い日本軍はもはや海外に手を伸ばしたどの戦区ですらも撤退か玉砕かを迫られていた状況。
 そして主人公・水島上等兵がいた井上隊も、当時数少ない親日国家だったタイへと逃れるために、ビルマ・タイ国境をめざして来る日も来る日もイギリス軍の追撃を逃れながら撤退中でしたが、ついに英軍に追いつかれ包囲されてしまいます。

 しかし実は命からがら逃げ続けているうちに日は経ち、すでに日本は降伏してしまっていたことを知ります。

 石坂浩二氏演じる隊長の井上は音大出のエリート肌ながら、常に冷静沈着かつ指揮官として判断力に優れた人物だったので、日本全面降伏の報に対しても、ヤケを起こすことなく生きて日本の再興にこそ尽くすべきだと部下の兵たちを説きます。

 そんな中、三角山と呼ばれる場所に徹底抗戦を叫んでたてこもった部隊があることを英軍から聞かされた井上は、同じ日本兵が説得すれば何とかなるのではないかと自ら英軍に志願しますが、隊長の身では勝手が許されず、やむなく見知らぬムドンという遠く離れた捕虜収容所で落ち合う約束を交わした上で、中井貴一氏演じる主人公・水島上等兵が代わりに説得に向かうことに。

 しかし戦争が終わったと聞かされても信じることができずにひたすら潜伏し続けて、戦後何十年も経ってからグァム島で発見された横井庄一さんやルバング島の小野田さんなどのお話を皆さんも聞かれたことがあると思います。
 また、敗戦を信じたとしてもまるで死に場所を求めるように徹底抗戦を叫びながら玉砕するしかなかった部隊が多くあったことをお聞き及びでしょう。

 三角山に立てこもった部隊もそうでした。

 やがて水島は連合軍の総攻撃を受けた三角山で死線をさまよい、ようやく九死に一生を得て約束のムドンへと向かう途中、今度はこの世の地獄のような凄惨な光景に出くわすこととなるのです。
 そして彼の中に芽生えたことが、あることをきっかけに彼に哀しくも大いなる決心をさせます。

Img20050730

 筆者がこの作品を公開時リアルタイムで観たときは23歳。主演の中井貴一氏も同い年で、1981年の東映の大作『連合艦隊』でデビュー後五作目で大作の主演となった作品ですが、あらためて彼の役者力(ぢから)のすごさが判る作品です。
 特に冒頭、単に若い兵士としての頼りなげな彼、三角山での事件のときの決死の表情、そして一生の覚悟をした彼の顔つきの変化は観るものの心を掴まずにはおかない迫力があります。

 この記事を最初に書いた2005年現在、11月になんと御年90歳になられる名匠・市川崑監督の1985年の名作ですが、この作品はかつて1956年に同じ市川崑監督によってモノクロ作品として制作された作品で、シーン構成こそ多少異なるものの、そのシナリオやカメラワークなどはほとんど変わりません。
 実は旧作では冒頭と最後に、そして新作では最後に大きく画面に描かれる文字があります。

 「ビルマの土はあかい。岩も、またあかい。」

 監督自身のライナーノートによると、前作はモノクロだったために作品に意図した表現力を半減されていたこと、実際のビルマ(現ミャンマー)でのロケはたったの一週間だけで、ほとんどが国内での撮影だったということが残念で、いつかカラーで撮りなおしたいと考えておられた作品だそうです。
 事実、新作で描かれる舞台は赤い大地と青い空、容赦なく照りつける太陽、どしゃぶりの灰色の雨、そして樹々や草の深い緑のコントラストが悲しいほど鮮やかです。
 
 驚くのはビルマの物売りおばあさんを演じる北林谷栄さん。
 実にいい雰囲気の方ですが、なんと旧作でも同じ役柄を、その時は老け役で演じておられます。そして旧作では軍曹の役を演じた浜村純氏は新作では村の長。
(追記:北林谷栄さんは2010年4月27日、98歳で他界されました。)

 演出面では29年の時を隔てているので監督ご自身の反省面や撮影技術の進歩を加えたぶん、やはり新作の方が見応えがあるように思います。
 しかし筆者としては旧作・新作ともに観ていただきたい。

 奇妙なもので、カラーだと東南アジア独特の高い湿度にぎらぎらと照りつける太陽の暑さ、そしてそれを写しとるかのようなビルマ僧の衣のオレンジ色、そしてそれをまとって赤い大地をさまよう水島の姿が痛々しい。

 それがモノクロだと、逆に息苦しさや疲れ果てた戦場の重苦しさのようなものが、より伝わってくるんですね。

Img20050730_1


 最後に。

 手前味噌ですが、筆者の叔父が18歳の若さでビルマにて戦病死した、と幼い頃から母に聞かされていたので、ことさらにこの作品には思い入れがあります。

 太平洋戦争における日本軍の戦死者は、ほとんどが戦病死と飢え死にだったと言われています。

 筆者は、この作品の山や森、海岸でのシーンを思い出すだけで涙が止まりません。これは映画ですが、実際に太平洋戦争のすべての戦場で起こった“戦時下ではごくありふれた日常の出来事”であり、今も戦いがある所では毎日再現され続けていることなのです。

 作品中もおもわず目をそむけたくなるシーンもありますが、どうか最後まで、むしろ画面の隅々まで観てください。

 昨今、一部の外国ではこうした作品をして「さも日本人が被害者のように描かれているのがけしからん」と評する方がおられますが、戦争、抗争を本当に根絶するためには、さまざまな作品や記録を通してその裏表を考え、戦争の本質を学ぶことから始めるべきではないでしょうか。

 「戦争は悲惨だ」言葉で言うのは易しいけれど、何がどう悲惨なのか私たちは本当に解っているのでしょうか。
 この作品はそれを少ない台詞の中で切々と、しかし卓抜した演出と画面構成で圧倒的な説得力を持って観客にそれを説きます。

 水島は森を通り抜けるとき、樹によりかかったままミイラ化している屍に出逢います。一度は目を伏せて通り過ぎるものの、屍の手に彼の家族とおぼしき写真が握られていることに気づくと、それを手にとって大切に懐へ仕舞い、敬礼をして立ち去るシーンがあります。
 この写真も、のちに水島の手によって名も知らぬ兵士の魂と共に弔われるのですが、かつて『連合艦隊』出演時でも、どの俳優よりも最も若いはずの中井貴一氏が誰よりも本当の軍人そのものに見えたのが、彼のこの凜とした敬礼でした。

 筆者がハリウッド式英雄ものや日本のマンネリ時代劇で、主人公が次々と敵を倒すのを観てどうしてもワクワクしないのは、倒された敵の山と積まれた屍は誰が弔っているのだろうかと考えてしまうからです。

 その屍はみな殺されるまでは、かつて生きて、暮らした人生があったのだということにも考え及ぶべきです。
 そして、その人生には親や友人、もしかしたら兄弟や恋人や子供など、少なからず縁ある人々がいたということを絶対に忘れてはいけないのです。

 若い水島上等兵が何を見、何を感じ、何を決心し、そうさせたわけは何故か。

 初めてこの作品を観た時、あまりにも有名な台詞「自分は帰るわけにいかない。」は、多くの放置された屍を前にした水島の責任感の吐露だと思いました。
 おそらく、登場人物たちのほとんどもそう思ったのでしょう。水島のせいでもないし、水島が残る必要はないだろう、バカなマネはやめろ───と。
 でも井上隊長は違っていたようだ、とエピローグでの渡辺篤氏演じる兵士のナレーションがぽつり、と語る。

 あれから25年経って、今の私はふと思いました。
 彼がビルマに僧として残る決心をしたのは義務感でも、自分が生き残った罪悪感でもない。水島上等兵は若くして自分の一生を懸けるべき役目に出逢ったからだったのだ、と。

 その解釈が正しいかどうかは分かりません。また十年後になれば別の答が見えるのかも知れません。
 あなたもぜひご覧になって、ラスト、井上隊長が読み上げる水島の手紙の朗読を一緒に聴きながら考えてみてください。

 心の師、淀川長治先生はおっしゃってました。映画はただ観ているだけではダメで、感じて、考えてこそ血にも肉にもなるのだと。

 *2008年2月11日、惜しくも市川監督は92歳で永眠されました。
 当時の本家ブログでの記事→『ブツクサ徒然ぐさ:最後の映画の神様、市川崑ついに逝く…巨星墜つ。』
 
 では、また、お逢いしましょうね。

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*以下は旧『よろ川長TOMのオススメ座CINEMA』時代に戴いたコメントの再録です。

TOMさん、いきなり「ビルマの竪琴」びっくりしましたよー!そして懐かしかった。私は学校から割引券をもらって、友達と見に行きました当時。
あの頃は北林谷栄さんを知らなくて、本当にあっちの国の方だと最後まで信じて見ていました。(笑)

水島上等兵が、悲惨な光景を目にして、たまらず走り去ってしまうシーンがあったように記憶しているのですが、あそこの中井貴一さんの表情がすごく印象に残っています。帰れなくなってしまった、帰らない決意をした水島上等兵のラストの姿がとてもせつなかったです。

Posted by:紅玉  at 2005年08月03日(水) 00:45
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紅玉さん、コメントありがとうございます!
今回はまったく押しかけトラバなどしていませんので、本当にコメントを頂けたことが嬉しいです。

毎日起こるテロや、世界で継続中の戦争で失われてゆく生命を、人生を思うたびにこの映画を思い出してしまいます。

なんでこんなことで死なねばならないんだろう。なんで普通に生きていくことさえ許されなかったんだろう。
水島上等兵の涙は、そんな人々や世界に対する悔し涙であり、哀悼の涙ではないかと思っています。

こんなこと、もう決してあってはいけないんです。

Posted by:よろ川長TOM  at 2005年08月03日(水) 01:19
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はじめまして。TBさせていただきました!
とても興味深く読ませていただきました。
戦闘場面を前面に出すのではなく、
数々の音楽を使って物語が進んで行く分、
更に哀しみが深いように思えます。
私も北林谷栄さんが向こうの方だと
最後まで信じて観ていました^^;


Posted by:チロル  at 2005年08月12日(金) 01:00
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本日深夜に録画しておいた「ビルマの竪琴」を観たばかりです。
はたしてこれは実話なんだろうかと、検索し続けているのですが未だに判明しません。
ご存知でしょうか?
その検索中に、こちらにたどり着いたところです。
私もリアルタイムで観たのですが、今回は太平洋戦争の史実を追いかける中での鑑賞だったので、いろいろなエピソードがどっと脳裏をかけめぐり、まさに号泣・・・干からびそうになりました。
そして、こちらの解説を読みながら・・・トドメを喰らいました。(笑)
また伺いますので、情報ありましたらどうか宜しくお願いいたします・・。


Posted by:ちむぐりさ  at 2005年08月18日(木) 16:03
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チロルさん、はじめまして!
トラバありがとうございました。北林谷栄さんは物語の軸ともいえる人ですね。
でも旧作ではさすがに若く?見えますよ。
(^_^)

ちむぐりささん、いらっしゃいませ!
私に判る限りでご返答いたします。

この作品の脚本は市川崑監督の奥様で、'58年に亡くなられた和田夏十(なつと)さんがお書きになられました。
'85当時のパンフによりますと、原作は竹山道雄さんで、戦後まもなく書かれたものですが、あいにくご本人は戦場には行かれていないそうです。
これは私の憶測ですが、戦場から命からがら戻った人から聴いた話も少なからずあるでしょうし、私自身が若い頃読みふけった太平洋および第二次世界大戦戦史、そして最近判ってきた事によれば、水島上等兵のように供養のためだけではないにせよ、ビルマやフィリピンなど、日本軍が侵攻した土地に残った人は少なからずおられたと聞き及んでいます。

そして、この中で描かれる悲惨なものごとはけして大げさでもフィクションでもありません。
遺骸を焼くシーンがありますが、水島が手で煙を払うシーンはあまりにもリアルです。
南方(フィリピンやインドネシア、ビルマ&タイ方面)は特に本国日本からの支援物資不足に悩まされ、連合軍の攻撃よりも餓死や病死で亡くなられた兵士が大半だったという事実も最近になって具体的に判ってきました。

軍歌に「海ゆかば水く屍(かばね)山ゆかば草むす屍…」という唄がありますが、その実際はまさにこの映画のような光景だったのでしょう。

太平洋戦争の史実を追って…ということでしたが、もし機会があれば、同じ監督・脚本家による『野火(のび)』もご覧ください。
こちらはガダルカナル戦をモデルに描いたもので、『ビルマの竪琴』の対局にあるような、救いのない悲惨な物語です。
私もとある上映会で一度観ただけですが、たった一度観たそれが24年経った今も忘れられません。

史実に近いと思われる戦争映画もわりと観ていますので、何なりとご質問ください。
何かお役に立てるかもしれませんし、こういうことはできるだけ多くの若い人にも見ていただきたいですから。

Posted by:よろ川長TOM  at 2005年08月19日(金) 00:04
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こんにちわ! コメントいただきありがとうございました~
この映画は当時中学校のときに友人と見に行った記憶があります。
当時ぼ~っとしていたわたくしは何気なくこの映画を見ていたように思います。
よろ川長TOMさんのご紹介ブログを拝見して、再びこの映画を見てみようと思いました。
すごい映画だったんですね。
戦争について、深く、あらためて、
また考えてみます。見たらまた来ます・・・

Posted by:まお  at 2005年08月19日(金) 00:47
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よろ川長TOMさん、はじめまして。
かたつむりです。
コメント&TBありがとうございました。
TOMさんのブログを読ませて頂いて、この映画について、というより戦争や命についてまた深く考えました。
TOMさんのおっしゃる通り、「殺されるまでは、かつて生きて、暮らした人生があったのだ」ということ。
どんな時代も、命は大切で、その命を誰にも奪う権利はないんだと思います。

Posted by:かたつむり  at 2005年08月22日(月) 23:12
すみません、途中で送信してしまいました
誰もが、自分の命と、人の命を大切にし、戦争はもちろんのこと、殺人や自殺などのない世の中になればいいのに、と願います。
TOMさんのブログ、また読ませて頂きます!

Posted by:かたつむり  at 2005年08月22日(月) 23:17
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